中年親父のつぶやき、愚痴話

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zoom RSS 中山道歩き・中津川から恵那まで23回目

<<   作成日時 : 2016/03/31 20:36   >>

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2016年3月28日(月)
今年初めての旧中山道歩き
前日は
PM 8:00の就寝 AM 0:00に出発する

真夜中の中央道は調布を過ぎた辺りから
灯りもなく、交通量も極端に少なく、墨で一気に
ひと刷毛塗り描いたように真っ黒・・・
対向車のライトが見えるとホットするのである

途中の恵那トンネルは超長い!!
流石に開通当初は道路トンネルの中で日本一の
長さであった事がうかがえる。
中央アルプス南端部の恵那山を貫く道路トンネル
日本の土木工事の技術は凄い!!
通ってみて改めてそう思った。
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中津川駅24時間700円の駐車場に入る
AM 6:00
歩き出す。
春とは言っても美濃の国、中津川はさすがに寒い!!
冷たい空気が首筋にあたり体が震える。
朝、早いので誰〜〜もいない
車も通〜らない
よって記念に道の真ん中でこのポーズです
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本日の旅はバカな記念写真から始まりです

東新町の入り口に栗きんとんが名物の「すや」という
和菓子店がある。

創業は元禄年間、「酢屋」 元は字のごとく、酢の店であったそうだ。
それがいつの頃からか、和菓子店
中津川地区では有名店
知らない人がいないぐらいだと言う
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本日の土産はこれに即決定

和菓子店「すや 」から数分歩いた先の路地を
左に入った奥にあるのは「桂小五郎隠れ家跡」
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尊皇攘夷を唱える桂小五郎はここで歴史に名を残す
「中津川会談」が行われたのである。
やがて長州藩は倒幕運動の中心勢力と
なっていったのであった。

四ツ目川橋〜本町〜横町通りを歩き
右に曲る枡形の角にお酒の「恵那山」を造る
「はざま酒造」がありました
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美味しいそう〜  涎出て締りのない顔で写真におさまる
次回の街道歩きの、お土産は自分で飲む分を含め
「恵那山」これに決めた!
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古い風情ある家屋の軒にヒノキで作った曲わっぱの中に
なんとも可愛らしいお雛様とお内裏様
思わずパチリ  
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旧中山道は、中津川橋を渡り
さらに道なりに進むと、「小手ノ木坂」と刻まれた
石碑が建てられているが、脇の左細道を上がる道が
旧中山道である。
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急な旧道を上ると途中左に「設楽牧童句碑」があります。
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     水車まで 

        箕をかむり行く 

                春の雨 

                    牧童

階段を上りきると、石仏が沢山ある一角があり、
石碑や馬頭観音など数多くあますが、
その中に双頭一身道祖神があります。
男女別々の頭部を持ち、肩から足元にかけて
一体になっている極めて珍しい形のもの。
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道祖神から数分歩くと江戸から85番目となる
「上宿一里塚跡」がある
横には地蔵堂が祀られています
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上宿の一里塚を後に千旦林地区に向う
道路側溝に流れる水が透き通ってとても綺麗だ
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この地区は水路が配置されていて
清潔感を漂わせている気がした。

そんな事を感じながら歩いていると犬を連れて
散歩している地元の人に出会う
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彼は自慢げに側溝その他、灌漑について
お話してくれました。
とても分かりやすい説明だったので私にも
理解できました。

色々なお話しありがとうございました。

地元の人と別れて数分
彼が自慢していた上用水之碑がありました
碑は漢字だらけで読める文字が少ない・・・
それが、かえって重みがあっていいのかな?
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パンフレットがありましたがこれまた難しく書いてある
もうちょっと現代風な文章だといいな〜
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数分歩くと春を感じさせる花を活けてあった
簡素過ぎるのだが、な〜んかインパクトがある
洗練されたというか・・・ 芸術品である
見て得したような気持で疲れも忘れてしまう。
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さらに進むと嵐讃岐の供養碑」なるものがある。
嵐讃岐は木曽家の有力武将の一人で、
千旦林八幡宮の再建につくした人と言い伝えられている

なんと!妻は説明文を読みながら足の
ストレッチをしているではないか!!
偉い人の供養碑に足をかけるなんて!!とんでもない!!
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国道で途切れた道を、「中山道」の標識に従い
国道に沿って少し行き、やがて国道から右に線路沿いを行く。
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少し行くと右手に「六地蔵石幢(せきどう)」がある。
六面に地蔵が六体刻まれた石灯籠の形をした珍しいもの。
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更に西へ進むと新道との分岐点に来るので、
ここを左へ入っていきます。
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途中こんもりした丘があり、石塔があったが何のか分からない?
傍に行けばよかったが、ちょっと面倒くさいので写真だけ撮った。
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この先は横断地下道を通って行くのだが・・・
ほとんど車が通らない車道なので横断しようと思ったが
間が悪いと何が起こるかわからないので
やっぱり地下道を通りました。
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地下道を通り、その先は坂道が続き昔ながらの道で
なだらかな山が見える
坂を上りきったところに「坂本立場跡碑」がぽつんと立っている。
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今度は下り坂で、途中に誰からも
忘れ去られたような朽ち果てた
石塔群が立っている。
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しばらく恵那山を眺めながら田園風景の中を行きます。
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茄子川村を過ぎると旧中山道は再び山間のひなびた街道となる。
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ちょっと歩くと中津川市から恵那市に入る。
その境界に建てられていたのは自然石に「中山道」と
刻まれた重厚感ある味わい深い石碑。
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この先歩きやすく、道ばたには春を感じる草木の
花が咲き乱れ快調に歩き旅は進む。
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市境を過ぎると広久手坂と呼ばれる坂になり
その先をいくと上り坂になってきて
甚平坂上る。

坂の頂上には休憩所があって
石碑には広重の中山道六十九次、大井宿の図が
描かれています。
今まで歩いて来た道筋や御嶽山などの
山々も見ることが出来ます。
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甚平坂を上り数分、歩きやすい街道筋に建てられているのは
江戸から87番目となる「関戸一里塚跡碑」
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旧中山道はその先の階段を下っていくのだが
大井宿の入り口となる。

坂の途中に「上宿石仏群」がある.
地元民が悪病や悪人の侵入を防ぎ、
無事息災をないように石仏に願いを込めて
建てたという
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しばらく歩き、街道は「五妙坂」という急坂を下って行く。
かなりきつい下り坂だったがもうここまで来れば
本日の目標の恵那までもうすぐだ
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恵那駅に向かう途中に阿木川に掛かる大井橋
当時は川の真ん中に島を作り木の板を置いただけの
簡単な橋が架けられていたそうだ
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欄干には歌川 広重が中山道を描いた
木曽海道六拾九次の陶板がはめこまれている。
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そして道路上には広重の中山道浮世絵と
案内が目立つように描いてある。
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大井橋を渡れば恵那駅はすぐ近くだ・・・
只今、AM 11:30 
思ったより早く到着したので、この先行こうかどうか
迷っていると地元の郷土史家を名のる人が
私たちに話しかけてきた。
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旧街道の史跡、名跡を沢山教えてくれました
最後に、この先の交通を聞いたら
バスは走っていない!駅はない!
恵那駅まで帰ってくる手段は歩きかタクシーを
呼ぶしかないというので
本日の旧中山道歩きは恵那駅で終了

旅の最後の写真はVポーズ、○ポーズで

                       
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中仙道歩き、中津川宿から恵那迄
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総距離: 13.78km(8.6マイル)
合計時間: 5:49:39
移動時間: 4:19:26
平均速度: 2.36km/時(1.5マイル/時)
平均移動速度: 3.19km/時(2.0マイル/時)
最高速度: 8.10km/時(5.0マイル/時)
平均ペース: 25:22分/km(40:50分/マイル)
平均移動ペース: 18:50分/km(30:18分/マイル)
最速ペース: 7:24分/km(11:55分/マイル)
最大標高: 412m(1350フィート)
最小標高: 310m(1018フィート)
標高の上昇: 381m(1249フィート)
最大傾斜: 15%
最小傾斜: -20%
記録: 2016/3/28 午前5:53

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