中年親父のつぶやき、愚痴話

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zoom RSS K中山道道中記、岩村田宿から芦田宿

<<   作成日時 : 2014/05/02 16:47   >>

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朝4時、車で出発
長野県八ヶ岳高原線の岩村田駅に5時45分頃到着。

本日は岩村田宿から芦田宿までの6宿場を歩く予定
6時ちょうどに徒歩旅を開始。

朝、早い所為か岩村田商店街は誰一人いない・・・
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商店街の中ほどに「日本一小さい酒蔵」
300年の歴史があり、今は15代目が暖簾を守っているとか
それだけで飲んでみる価値がありそうだ。
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前回はこの酒蔵で買う予定だったが、
疲れ過ぎたので、ここまで来る事ができず駅に直行してしまった。
今回は必ず買って帰る事を決め、岩村田商店街を後にし
次の宿場に向かう。

街道に入り、JR小海線の踏み切りを渡った先に
「御嶽神社に多数の石塔」がある、
石塔にはなんて書いてあるか分からないが、なんとなく魅かれる
感じの石塔だった。
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15分ほど歩くと田んぼの先に小さな稲荷神社が見えるが、
ここに「芭蕉句碑」があるが、よほど気を付けないと
見逃してしまう。
ちょうど八重桜が満開でとても綺麗でした。
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句をメモしたがさっぱり意味は分からない(笑)
特に最後の漢字が・・・ 

        野を横に 
                             
         馬引きむけよ 
              郭公
 
  
                  芭蕉
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国道141号を越えるとのどかな田舎道が続く。
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平塚、塚原の各集落を通ってやがて重要文化財「駒形神社」が見えてくる。
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重要文化財となっている本殿(社殿の中にある)は文明18年(1486)の再建と云われている。

駒形神社前の坂道を下り、塩名田交差点までくると
「中山道塩名田宿」と記された道標が建てられており、交差点を横断した
先は塩名田宿である。
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塩名田の宿場に入るが地元の人も旅人もいない!!
数分先の中宿までくるが人はいない!!
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誰もいないが当時の建物なども残っており、
江戸の宿場時代を感じることができる。

情緒あふれる塩名田宿をブラブラ歩いていると
骨董屋?ガラクタ屋?とにかく面白い品がいっぱい
煩雑に陳列してあり、見ていると飽きない。
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骨董屋をあとに少し行くと旧中山道は右側を下って
河原宿へと向かって行く。
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坂を下って行くと「瀧大明神社跡」かつて、傍らのケヤキの
大木の根本から大量の清水が湧き出ており、
旅人の喉を潤していたそうだ。
この場所には十九夜塔や道祖神も建てられている。
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道なりに進むとやがて旅人泣かせの千曲川に・・・
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ここから川を渡っていたのだが、今もその痕跡がある。
橋を架けては流されを繰り返した千曲川に
6艘の舟をつないだ舟橋を架けたのだが、その際、
舟をつなぐために使われたのが舟つなぎ石

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塩名田宿を出て中津橋を渡ると旧中山道は坂の途中から
右の細い道に入っていくが、坂を上りきった所に
田んぼと山を背景に鎮座している大日如来坐像の石像があった。
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その横に「芭蕉句碑」が建てられている。
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             涼しさや
 
                 直ぐに野松の

                        枝の形    


                            芭蕉翁

のんびり歩いて行くと「御馬寄一里塚跡」があった。
標柱が建てられているが、ここは江戸から
44番目(約173km)の一里塚。
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岩村田宿、塩名田宿、八幡宿、望月宿と通ってきたが
数多く、大小の石仏、石塔が路傍にひっそりとあり、
旅人を飽きさせない旧中山道巡りです。
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お寺の境内にすべて善しの縁起のよい標語があり
おもわず! パチリ撮りました。
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何をやるにしても常にこの標語のようにすべて善しの
精神で残り後半の人生を生きてみたいものだ!!
なにも考えずに・・・ 

八幡宿を後に茂田井宿へ
途中、道は里山的な雰囲気のある山道を通る
黄色いタンポポが咲き乱れ、足どりも軽く気持ちが良い。
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途中、のどかな村道を通るが畑に案山子?なのか
分からないが手作りで味のある人形があった。
あまり車も通らないのか道の真ん中にタンポポが
咲いていた。
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茂田井宿は、幕府から認められた宿場ではなかったので
間の宿と呼ばれ旅籠などは存在しなかった。

「茂田井宿説明板」が建てられているので
私の理解した範囲内で羅列します。

 *茂田井宿は間の宿(あいのしゅく)と呼ばれていた事。
 *江戸時代の面影が残る民家や造り酒屋がたくさんあった事。
 *望月宿の加宿にしようと幕府に願い出たが却下された事。
  *皇女和宮が通過した事。

などが書かれていました。
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街道は重厚な白壁の土蔵が軒を並べ
白壁の先に酒林(さかばやし)が下がっている。
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恥かしいことですが・・・
私はつい最近まで、
この酒林がなんであるか知りませんでした。 

よけいなお世話ですが酒林を説明します。(笑)
日本酒の造り酒屋などの軒先に緑の杉玉を吊すことで
新酒が 出来たことを知らせる役割を果たす。
搾りを始めました」という意味である。
(一夜漬けの知識)
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酒と旅をこよなく愛した詩人若山牧水は
この地を度々訪れていたという
武重本家酒造の正面に「若山牧水歌碑」が建てられている。
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よき酒と ひとのいふなる御園竹

         けふ飲みつ よしと思えり       


しらたまの 歯にしみとおる秋の夜の

 
             酒はしずかに飲むべかりけり
   

ひとの世に たのしみ多し然れども

               酒なしになにのたのしみ

                             若山牧水 

牧水さんの酒好きがよく分かる詩でした。

そして最後の宿場、26番めの芦田宿へ
見晴らしの良い畑の中の一本道。
かなりの距離を歩いたので足どりも重くなる。
妻はついに!小枝を拾い杖代りに・・・
前方の芦田宿を指さし気力を振絞る
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芦田宿の入り口で常夜灯が出迎えてくれる。
そして街灯の行灯(あんどん)風がなんとなく旅を感じさせ
郷愁を誘う。
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芦田宿は本陣1軒、脇本陣2軒、旅籠6軒ほどの
小規模な宿場であった。
笠取峠を越えてきた皇女和宮もこの芦田宿で昼食を取っている。

本日はここで徒歩旅は終了。
立科町役場前のバス停で岩村田行のバスを待つ。
疲れきった妻は待ち時間のあいだ居眠り・・・
椅子から落ちないかハラハラでした。
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6宿場を6時間15分かけて19、92キロ歩いた。

日本橋から186.5キロ踏破
京都三条大橋まであと350.5キロ

次回はいよいよ旧中山道、最大の難所の和田峠越え予定です。










  


































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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
久しぶりの中山道道中記ですね。私は5/4弟夫婦と山梨県の
ほったらかしの湯にいきました。夕方6時から入って甲府市内の夜景をみましたが絶景ですね。
たに
2014/05/07 18:12
ご無沙汰してます。昔、永谷園の吸い物についていたカードをよく集めました。御夫婦そろっての、旧街道の旅はすばらしいですね。
いどきち
2014/11/05 08:08
都会にいると、日本的な街道をあるいてみたくなりますね。1枚目、昔、永谷園の吸い物で、よくカードをあつめました。今年もよろしくお願い致します。
いどきち
2016/01/13 08:47

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